First Contact.




最初に彼を見たのはミドルポート近辺の海上でのことだった。
俺はミドルポートの海軍におり、ミドルポートへの帰還途中で受けた海賊の奇襲から船を防衛している時だ。
俺達を襲ってきたのは悪どいやり方で金銭を稼いだ貴族からしか盗みを働かないと噂され、
市民の中では密かに尊敬の眼差しを向けられていたキカ一味で、その中に彼はいた。
無造作に跳ねた赤茶の髪を靡かせて踊るように剣を振るい、
見たかぎり自由奔放に動き回っている彼が女頭目の命に素直に従っているのに少し興味を覚えたのは、
いい加減自分の上司に対して嫌気がさしていたせいもあるのかもしれない…と今なら思う。
俺は知っていたのだ。ミドルポートの軍が実際どういう卑劣な手段で金品を稼いでいるのかを。
そのやり方にはずっと疑問を持っていたんだ。そう思う心が何かを突き動かしたのだろう。
彼はきっと、彼女の思想の元、それを信じられるからこそあんなに忠実に、そして楽しそうに剣を振るっているのだろう。

自分の信じるもののために。

そんな彼を羨ましく、また憎らしく思い、ある感情が脳裏を駆け抜けたのはほんの一瞬だった。
その一瞬で、自分は腰のホルダーに仕舞われていた投げナイフを自分に背中を向けている彼に向かって投げていた。
咄嗟のことだった。

『−−−!!ハーヴェイ!後ろっ!!』

海賊の誰かが彼のものであろう名前を呼ぶ。
名前を呼ばれた彼は、呼ばれるまでもなくナイフが飛んでくるのがわかっていたのか、
すぐに身体を反応させて避けると同時にこちらを振り返る。
しかしどうしてか、ピッ…と小さい音を立て、完全には逃げ切れなかった彼の右頬をナイフが掠め、少しの鮮血が飛んだ。
頬に出来た傷から赤い血が流れているのを気にすることもなく、
彼は海の碧(みどり)とも森の緑(みどり)とも取れる瞳を自分に向けてきた。
真直ぐな瞳に射られたかのように身体は硬直する。
しばらく双方で睨み合っていたが、ふと彼の方が目を細めて笑った。

『へェ…俺の顔に傷付けるとは、なかなかやるじゃないか。ミドルポート軍にもそんなに腕が立つヤツがいるとはね。』

でも……
そこでふと彼の表情が真剣なものになる。

『そんな迷いのある目をしていたら、良い腕なのにもったいないぜ?』

迷いのある目−−−−−俺が…?
俺はその時、きっと驚いてかマヌケな顔をしていたんだと思う。
真剣な顔をしていたミドリの目をした彼はフッ…と再び笑みを浮かべると、最後に一言残して颯爽と自分の船に戻っていった。

*

*

その後、俺はどういう行動を取ったのか、今だにはっきりとは覚えていない。
行動を起こしたのは、果たしてこの攻防の数日後か数カ月後か数年後だかも覚えていない。
ただ彼の言った言葉が俺を突き動かしたのだというのは解る。
ただ無我夢中に走り回り、泳ぎ回って、どうやってどこに向かったのかもわからないがいつの間にか気を失っていたらしく、
気が付いたところは薄暗い船の室内。俺は薄汚れたシーツのベッドに横たえられていた。

『気がついたか?』

傍らの机の酒瓶に手をかけながら声をかけてきたのは、いつか見た海賊の女頭目だった。
どんなことにも物怖じしないような低めの声でゆっくりと語りかけてきた。

『あんな海の真ん中で運が良かったな。船の木の板を掴んで流されていたお前を拾ったアイツに、礼を言っておくんだな。』

…?
疑問符を浮かべていた俺の顔を見て、彼女は扉の方に視線を向けた。

『ハーヴェイ、どうせそこで聞いているんだろう?客人が起きたから入ってきな。』

…ハーヴェイ…?もしかして彼が…?
そう思って待つ、しばらくの沈黙の後。ガチャリとドアが開くと、そこに思い描いていた彼の姿があった。
ほんの数刻前のことのように彼のことが鮮明に甦る。

『よォ。ちゃんと生きてるみたいだな。どこも痛むトコとかねェか?』

あの時の敵だという事を覚えているのだろうか。全く敵意の欠片もない、
見かけの年齢には到底似合わないがしかし、彼の本質を物語るかのような無邪気な笑顔で俺に笑いかけてきた。
突然現れた彼の問いに戸惑いつつも小さく頷くと、「そうか。それなら良かった。」と心底嬉しそうな顔で笑った。
どうして彼は笑っているんだろう。
その疑問に気付いたのか、彼はいたずらを思い付いた子供のような目で言ってきた。

『あの時腐ったような目ェしてたけど、ちゃんと目ェ醒めたみたいだな。あの時より全然イイ目してるぜ?
俺の言葉のお陰とかだったら嬉しいんだけど。なんてな。
…それで、お前の剣を捧げられる場所が見つけられたか?』

あぁ、そうだ。目の前にいる彼が俺の目を醒ませてくれたんだ。
自分が信じるもののために命をかけたい、剣を捧げたいと。
無駄に軍に従ってのうのうと生きていることなんて耐えられなかったんだから。
決められた道筋ではなく、彼のように、自分の信じた道を自由に進みたかったんだ。

『キカ船長…いや、キカ様。』

俺の言葉に、女頭目は目線だけで俺を見た。俺の目を醒まさせてくれた彼が信じた彼女なら、俺も信じられる気がした。
そして何より、彼と共に歩みたい。そう思った。

『俺を拾ってくれた彼と、それに彼の上司である貴女は俺の命の恩人だ。…俺を…貴女の元で働かせてもらえませんか…?』





「義賊CPで15のお題」1.出会い
ラプソディア出る前に書いた話っぽいので公式(ラプソ)とは設定が違いますが気にしない方向でお願いします…;

2004.9.10初出(多分…)