カタチのない一番の贈り物





この日獄寺はいつも以上…それはもう普段とは比べようもないくらいに熱い視線を一日中受けていて、
昼を過ぎる頃にはかなりうんざりしていた。うんざりしながらも放課後になり。
視線を向けてくる『アイツ』はそろそろ部活に行く時間だというのにそれでも視線はなくならない。
野球部は規律に厳しいことから遅刻なども許されないのでギリギリの時間まで粘るつもりなのか。
今までにないしつこさに獄寺は重い溜め息をついた。

今日はホワイトデーといって、バレンタインのお返しをする日なんだとツナに聞いた。
ホワイトデーの日の存在を知ったのはバレンタインの日、日本の風習を知らない獄寺に
大量のチョコが押し付けられると予想して教えてくれたのだ。お返しなんて面倒くさいと思った獄寺は
最初は逃げまくったがとうとう女の子のパワーに負けて、ホワイトデーにお返しはしないという条件の元チョコを受け取ったのだが。
しかしそのバレンタインの災難も終わりに近付いた頃。
ツナは突然裸になって(クラスメイト曰く、『純愛の女神が降臨する。』ということらしい。)教室を出ていったので
いつもの3人マイナスツナ…イコール山本と獄寺、の二人で帰ることになり。
二人の道が別になる直前、山本はふいに獄寺の手を取って何かを押し付け、
照れ臭そうな顔を見せ、「じゃあな。」と言って、獄寺が何を押し付けられたのか確認する間もなく走り去っていかれてしまったのだ。
呆然とした獄寺の手に残されたのは控え目なラッピングが施された箱で。
それは明らかなバレンタインチョコだったわけだけれど。中には『To Gokudera.』と山本の汚い字で書かれた
メッセージカードが入っていたから、自分が貰ったものを回してきたのではないということで。
あんなに女子に囲まれて、チョコを山ほど貰っている彼が店に行ってチョコをラッピングしてもらっている姿を想像したら
何だか笑えてしまったが、そこまでしてくれた山本の気持ちに獄寺は、こそばゆいけど何故だかイヤな思いはしないのだった。

しかし今日。あの日うっかり山本に押し付けられるだけ押し付けられて、「お返しはしない。」ということは言いそびれてたので、
山本からは嫌なほど期待の篭った眼差しを受けるはめになってしまったわけで。
(なんなんだよエサを待ってる犬みたいに目ぇ輝かせやがって…)
そう思うが本気で何も準備してない。
いい加減悩んでしんどくなった獄寺がはぁ〜っ…と再び大きく溜め息をついた時、
「どっ…どうしたの獄寺君…」
獄寺の敬愛する10代目……ツナが控えめに声をかけてきた。
いつもは10代目10代目と犬のように寄ってくる獄寺がおとなしく、やけに憂い顔でいるものだから
さすがのツナも気になったのだ。いつも獄寺のことを怖いと思ってしまうが、自分を慕ってくれている彼が悩んでいるようなら
無視していられるわけにもいかない。以前はそんなことを積極的には思いもしなかったツナだったが、
声をかけたことで獄寺の顔が心持ちパアッと晴れたのを見て、こういうことするのもまたいいのかも、とも思うのだった。
「それで獄寺君どうしたの?」
ツナが再度尋ねると、獄寺は困ったように眉をしかめ、少し考えて、
「バレンタインのお返し、出来ないって言いそびれてたヤツがいて…
言わなかったせいかなんかすごい期待されてるみたいなんだけど、何も準備してなくて。
どうしたらいいのかわかんなくて困ってるんですよ。」
と言うと、ツナは少し目を見開いて獄寺を見返した。恋愛関係に関しては…というか女の子にはシビアに対応する獄寺が、
こんな風に相手のことを考えてるとは思わなかったのだ。(実は相手が男ということはツナは知るよしもない。)
なので、ふと自然に口に出てしまったのだ。
「獄寺君、その人のこと大切に思ってるんだね。」
その言葉を聞いて獄寺はピタリと動きを止めて。次の瞬間には頬を赤く染めて口をパクパクさせていた。
「な……なななな何を……っ…?!」
図星なのか自分が想定していなかった予想外の事を言われたのかは定かではないが、赤くなった獄寺を、
内心で感情が素直に出て獄寺らしいと思いながら、
「別にカタチのある物だけが贈り物じゃないよ。その人は獄寺君の『ありがとう』という気持ちだけでも
貰えたら嬉しいと思うんじゃないかな。それこそビアンキの言う『愛』、みたいなさ。」
なんて、ガラでもないコト言っちゃったなぁ…など思いツナは苦笑したが、獄寺はツナの言葉を静かに聞いて、
最後まで聞き終わるとしばしの沈黙の後、いつもの眉間に皺が寄ったような顔とは全く違う、ふわりと花が綻ぶような笑みを見せ、
「ありがとうございます10代目。10代目の言葉で決心がつきました。」
そう言った彼の瞳には先程までの重い雰囲気など微塵も感じられなかったので、ツナは獄寺が何かを決めたのだと気付いた。
「そっか…それじゃぁ、頑張ってね獄寺君。」
自然と自分も柔らかい笑みを浮かべてツナも獄寺に言うと、「今日は送ってもらわなくてもいいよ。」と言って
獄寺が何か言おうとしたのを待たずに鞄を持って教室を出て行った。
(……俺も、何も言ってなかったけど京子ちゃんとハルにお返し、ちゃんとしようかな…?)
なんてことを思いながら。

教室に残された獄寺は、ツナがいなくなったことで教室を見回すことが出来たのだが、
すでに視線の主はいなくなっていた。時計を見ると、部活動が始まる4時はとっくに過ぎていた。
ツナに、「その人のことを大切に思っている。」と言われたことには自分でも思ってもいなかったことだったので
どうしようかとパニックになりそうだった獄寺だったが、今少し冷静になってみると
バレンタインの時に女の子達から受け取った時と違う感情を山本に対しては感じていたのだ。
それを思うとツナの言っていた事はあながち間違いではなかったのかもしれない。今はまだよくわからないけれど。
そう思ってしまうとこれから獄寺はどうするべきか、決心がついた。

この日の部活動は調子が悪かった。
これはあくまで山本自身の考えだから、部の仲間から言えばいつも通りにバッティングもピッチングも
軽々こなしているように見えて、調子が悪いだなんて思われていないだろう。
野球に関しては 本能的に手加減出来なくなるということもあり、気分は最悪でも技術的には問題はなかったのかもしれない。
しかし今日。最後の最後まで粘ってみた結果、獄寺から何のアクションもなかったのは山本としてはやはり相当なショックだった。
誰か心に決めた相手でもいるから他の人にはお返しなんてしないのか。とも思ったが
今日一日獄寺を見ていた限り、誰かに何かを渡すような現場は見ていない。
もしかしてこの学校にはいないのか。放課後にその人と会っているのか。
考えれば考えるほどドツボにハマってしまう。
こんな堂々回りをしながら、1年という最低学年の義務であるグラウンドのトンボかけと道具の片付けを終えると
すでに人の数も少なくなっていた。
「はぁ〜っ…」
山本は何だかもうどうでも良い気分になって、ユニフォームから制服に着替えるのも面倒になったので、
母親に嫌がられるとは思いつつもそのまま帰ってしまおうと思い、部室にあるスポーツバッグを取りに行き
少しだけ残っていた野球部の仲間に挨拶だけするとふらふらと校門に向かって行った。
野球部は他の部と比べると活動時間が長い。3月というまだ寒い時期、他の部活動は6時までやっている部は少ないので
いつも部活が終わるころにはすれ違う人もいないほどなのにふと、校門の側に人陰があるとぼんやり思ったが、
それが自分の視線がよく追っている、色素の薄い髪だと思うとぼんやりした気持ちが突然覚醒した。
「………ごくでら?」
自分が彼を見間違うはずはない。しかも学校という場所なのに、門に凭れて銜え煙草でぼーっと虚空を眺めているのだ。
名前を呼ばれたことでピクリと肩を揺らすと、ゆっくりとこちらに顔を向けて来た。
「……よぉ。終わったのか?」
どれくらいここにいたのか。獄寺の白い顔の中にある形の良い鼻の頭が寒さのせいかほんのり赤くなっている。
「…お前、寒いの苦手なくせになんでこんなところに…」
半分の疑問と半分の期待……自分を待っていたのではないか…という意味を込めて訊ねると、まさしく期待通りの返事が返ってきた。
「お前待ってたんだよ。」
現金なことに、その言葉で山本の今までの沈んだ気持ちが一気に浮上した。
何を思って獄寺がこの寒空の下待っていたのか。それを一刻も早く聞きたかった。
そんな山本の気持ちはお見通しとばかりに、獄寺は軽く肩を竦めると
「こっち来い。」
ズボンのポケットに入れていた手を出して人さし指でちょいちょいと来るように指図すると、
山本は素直に獄寺に近寄った。内心はすごいドキドキしていて心臓の音が耳の側でしているような感覚をしていたけれど。
「どーしたんだ?」
緊張と期待と嬉しさと不安と。
色んな感情が体の中に巡っていて、出来るだけ平静を装ってみたけどこの時の山本には声を震わさずに言えたのかなんてわからなくて。
そんな山本の顔を、獄寺はちらりと目だけ動かして見ると、あまり山本には見せない困ったような顔をした。
「……あのさ。山本には言えなかったんだけど、ホワイトデーのお返しはしないって前提でバレンタインのチョコを貰ってたんだよ。
だから今日そのつもりしてなくて…でもお前、すごい期待した目で俺のこと見てたし…でも何も準備してなかったからさ…」
だから、何も返せなくてごめんな。
そう続くのか。と山本は内心でがっかりしたのだが、次の瞬間。山本の頬に冷たい手が添えられて、唇に冷たい感触が触れた。
それはほんの短い時間で何だったのかわからなかったが、目の前に迫った影に焦点をあわせるとそれは獄寺の顔で。
「……キスした?」
思わず口にすると、獄寺の無言の肯定。
「さんざ悩んで俺がしてやれるのは何かって考えてみてこれなんだけど…これじゃ駄目か?」
困ったような、照れたような顔で言われると駄目なんて言えるわけもない。というかキスなんて貰えるなんて思わなかった山本としては
予想外の良い出来事で山本の心臓の鼓動は大きさを増すばかりで。
相手に心臓のうるさい音がバレるなんてことも誰かに見られるかなんてことも気にしないで目の前の獄寺の体を思いきり抱きしめた。
「うわっ!!ちょ……おい山本!!」
獄寺が腕の中で抗議の声を上げたが構っていられるわけもなくて。
「やっばい俺すげー嬉しいんだけど…!」
綻んでしまう顔が抑えられない。だらしない顔を見られるのは恥ずかしかったので獄寺の肩口に顔を埋めて顔を隠したけど。
「……まぁ、こんな喜んでもらえるんなら良かったけど…お前だけ特別だぜ?」
獄寺の半分諦めたような、それでもちょっと嬉しそうな声を聞いて山本はまた腕の力を強めた。
しかしあれだけのキスだと今になると物足りなくて。
「なぁ、今度はもっとちゃんとしたキスしてくれよ。っていうかしようぜ。俺獄寺にキスしたい。お前のこと、好きだから。」
そう言うと、獄寺は暗い場所でもわかるほど頬を赤くして、
「…………今日だけだからな。ホワイトデーのお返しなんだから。」
そう言って山本の背中に手を回してきて。
そんな獄寺にまた愛しさを感じながら、山本は甘い口付けをしたのだった。
















うっわーぃこっぱずかしい…★(痛)
ホワイトディネタでした。贈り物の代わりにキス、というネタはバレンタイン山本救済ネタとして使う予定だったんですけど
バレンタイン時期を派手に逃してしまったのでホワイトディでそのネタを起用するコトに。
だからバレンタインは山本が可哀想なネタのみになりましたとさ。(笑)まぁ今回でバレンタインの救済は出来たってコトで…(笑)
あ、ちなみにというかバレンタインネタ(タイトル『罠』)と今回の話とは全くの別モン繋がりナシなのでそこんとこヨロシク。

んで今回ツナをアドバイザー(?)として出してみましたがかなりキャラ違ってどうしようかと…
ツナの獄寺への気持ちって微妙に理解出来てないので…ツナ獄的にはツナは、獄寺のコト普段は恐いと思いつつ、
ふと、獄寺君て可愛いなぁとかキレイだなぁ思ってて、いつのまにやら近くにいないと寂しいとか思ったりして
獄寺が誰か違う人といたらいつも俺に寄ってきてくれるのに…とか嫉妬しちゃうとイイなぁとか思うんですけど
今回は山獄ってコトで、ツナの獄寺への考え方っつーのが微妙なコトに;
なので今回は、恐いなぁと思いつつも獄寺のこと嫌いじゃないちょっと大人な雰囲気のツナでしたとさ。(笑)

まぁ何はともあれ微妙に長めな文章になってしまいまして。
読んでくださった方にはありがとうございますーというコトで。またよろしければ御意見などお待ちしとりマス。

2005.3.14